インバさんちの過去ログ。
大昔のコピー本収録。

 

バカップル
~初恋が実る確率~後日談。

 
 石田雨竜は草食動物のようなつぶらな瞳で目の前に立つ恋人を見上げた。

 雨竜の恋人は長身でエキゾチックな顔をしている。
 自分の顔がきわめてオリエンタルだと自覚している雨竜から見れば彫りの深い恋人の顔はあこがれでもある。

(パーツがはっきりとしててかっこいいんだよなあ)

 そんな思いを込めてうっとり見上げると、それだけで恋人…茶度泰虎は真っ赤になった。

 茶度からすれば雨竜の潤んだ目は劇薬だった。
 あっという間に心臓が不整脈を起こし、血流が荒くなる。
 切れ長の目元はうっすらと赤らみ、涙の後が見える。

 夜のカラクラパーク。
 遠距離恋愛中の二人はここで密かに逢っていた。

 雨竜の父親から交際を禁じられ、監視の目をつけられている現在。
 夜の闇にまぎれて小さな遊具の陰でキスを交わす。
 日頃押さえている感情を伝え合うようなキスは長く、そして深かった。

 キスの余韻で赤くなった唇を茶度のシャツに押し付けながら雨竜は聞く。

「時間はまだ大丈夫かい?」
「ああ」

 遠くの森から通ってくれる茶度に遠慮がちに尋ねると、暖かい声音が返ってきた。
 それに勇気づけられ、雨竜は持ってきた紙袋を渡す。

「これ、差し入れ…。たいしたものじゃないけど、夜食と朝食」
「ありがとう」

 料理を苦としない雨竜は、以前から茶度に細々したものを作っては振る舞っていた。

「早く一緒に食べられる日が来るといいんだけど」

 しょんぼりとつぶやく雨竜の肩を引き寄せ、茶度は言った。

「ああ…。いつかお義父さんもわかってくれる」
「…頑固親父だから…」
「大丈夫だ。いざとなったら石田をさらっていく」

 決意を込めた声音に雨竜は伏せていた顔を上げた。
 茶度の優しげな瞳と出会い、つい甘えるように答える。

「ぜったい?」
「ああ、絶対だ」

 でも…と拗ねた声で雨竜は続ける。

「茶度くんの事だからさらってくれる時も、あの人に挨拶しそうだ。そんな事しなくていいからね」
「大切な息子を貰うんだ。しっかり頭を下げないと」

 真摯な言葉が嬉しくて、ポッと赤くなった雨竜は、その顔を隠すように茶度の首にしがみついた。

「そうしたら毎日…」
「毎日?」

 言い淀んだ雨竜の顔を覗き込むと、何故だか怒ったように眉間にしわをよせている。

「石田?」
「…な、何でもない」

 何でもないと言いながら、可愛く睨む恋人に少し焦る。
 茶度は自分の気の利かなさを呪った。
 普段はそれほどニブいと思わないが、こと雨竜の事に関しては難しい。

 彼の心を隅々まで理解出来たらいいのに…。
 分かり合いたい、たった一人の気持ちだけ上手く分からない。

 よほど困った顔をしていたのだろう。雨竜は愁眉を解いて、ふふ、と笑った。

「無理しなくていいよ。僕は片思いに慣れてるんだ。君が今ここにいるってだけでものすごい幸運だもんな。贅沢は言わない」

 にわかに信じられない事だが、雨竜はずっと茶度に恋をしていたというのだ。
 恋をして、告白をしてくれ、そして結ばれた。

 茶度からすると、ある日激しく好みの人間が服を着て(というか着ていなかった)現れた。
 しかも心も体もプレゼントされ、それから天に昇った気持ちのままだ。
 今はなかなか逢えないけれど、こうして心変わりもせず自分の腕に抱かれている雨竜を思うといつでも股間が膨れる思いでいっぱいだった。

 すぐにでもなだれ込みたいが最初が最初だったので『カラダが目当て』と言われないよう腹筋が全力投球している。

(しかし……)

 抱き寄せた雨竜は茶度の太ももに座していて、その柔らかな誘惑が嬉しくもつらかった。
 ほんの少し腰を引き寄せるだけで結合に至りそうな距離。
 そして全身から立ち昇る甘い香り。

 細く頼りな気な首筋が闇に白く浮かび上がり、清冽な色気を醸し出していた。

「さ、茶度くん…!」
「あ、す…すまない」

 無意識にその首筋に吸い付いてしまっていたようだ。
 真っ赤になった雨竜は恥ずかしそうに首筋を押さえ、茶度の腕から逃れる。

 新月の弱い光に雨竜の表情が読めなくなる。

 嫌われたかと焦る茶度は伸ばしたくてたまらない自分の腕をグッと遊具に掴まる事で誤摩化し、頭を下げた。

「すまん、つい…。……もう帰るから怯えないでくれ」
「か、帰るのっ?」
「ああ、また来る」

 引き止めようとしてくれる気配を感じ、まだ嫌われた訳ではない事に安堵した。

 ゆっくり、進んでいこう。
  雨竜が大切だと、本人にも親にもちゃんと分かってもらえたら、その時は遠慮せず抱きしめよう。

 決意を込めた目で笑いかけ、茶度は立ち上がり背中を向けた。

「じゃあ…。グエッ!」

 いきなり着ていたシャツを引っ張られた。
  振り返るとまた怒った顔の雨竜がいる。
  瞳にこぼれそうな涙を溜めて茶度を睨みつけている。

「帰ったら許さない…!」
「石田…。大声を出すと見つかる…」
「帰るな! 意地悪!」
「い、いじわる…?」

 細い腕のどこにこんな力が…と思う強さでしがみつかれ、押さえ切れなかった欲望が息を吹き返す。

「君はいっつもそうだよね! 何でそんなに大人なんだ…! 僕ばっかり、こんなに……。どうせ本気で僕を好きじゃないんだろう…」
「何を馬鹿な…」
「もう、いい! もう恋人辞める! 片思いの方がましだよ、茶度くんのバカ!」
「お、落ち着け石田」

 涙を振り絞って怒る雨竜を抱きしめる。
 こんな時にも滾る自身の欲望を気付かれぬよう、胸の上に抱え上げ視線の高さを合わせた途端、噛み付くに等しいキスをされた。

「む…」
「バカやろ…」

 触れる唇から可愛い声の呪詛を聞く。
 突然の激昂を宥めるようにやわらかなキスを返すと、悔しそうな表情をした後、ポロポロと泣き出した。

「石田…すまない…。その…」

 何が原因だか分からないが、大切な恋人を怒らせてしまったのだ。
 茶度は必死で謝る。
 謝りながら涙を吸い取り髪を漉いた。
 絹糸のような髪はさらさらと茶度の大きな手の中で流れる。

 茶度のキスに宥められた雨竜は、やがてか細い声で言った。

「茶度くん、僕の事…本当に好きなのかい?」
「もちろん。世界中で一番好きだ。大切にしたいと思っている」
「うそだ。僕の事ちゃんと好きなら、なんで…」
「?」

 雨竜はまた言い淀んだ。
 茶度は続きの言葉を促し、待った。
  雨竜は確かめるように聞く。

「茶度くんは、僕といても…その…」

 首筋まで赤く染めながらの言葉を茶度はようやく理解した。

「石田は嫌じゃないのか?」
「……ん…」

 コク、とうなずいた恋人の体はさっきより熱い。
 無言で茶度はその体に自分の欲望を押し付けた。

「あ…!」

 ビクッと、後ずさる体をきつく抱いてさらに存在を伝えると

「…し、して…」
「え…」
「我慢、しなくてもいいし、謝んなくてもいいから…。僕の事嫌いじゃないなら、ちゃんと…して…」

恥ずかしそうに紡がれる言葉は、茶度が装っていた理性を完全に打ち砕いた。                             

 

 

 

end.  

※「初恋が実る確率」もちのアホなまんが