インバさんちの過去ログ。
大昔のコピー本収録。

 

僕はどのくらい、君を愛せるだろうか。

 

 

 

 何があったか、聞けないし聞かない。

 インコをかばって重傷を負っても学校を休まなかった茶度泰虎が欠席した。
 黒崎一護は思い詰めた顔をしているし、井上織姫は満身創痍だ。

 石田雨竜はそんな彼らを見ながら何も言わなかった。
 死神と関わらない。
 そう父親に誓った自分には、何かを聞く権利もないのだ。

「イヤミな位晴天だ」

 雨竜は屋上で雲一つない青空を仰ぎながらため息をついた。

「あれだけの霊圧だったんだ。すごい敵だったんだろうな」

 茶度が欠席するほどのダメージを受けているだろうというのは想像がついた。
 きっと誰かを守るため、敵から逃げ出さなかったのだ。

「彼ならそうするだろう」

 そこに自己犠牲の精神はない。
 安易なヒロイズムも、悲壮な特攻精神もない。
 誰かを…たとえ顔も知らない他人でも。

「彼は守ろうと思ったんだ」

 黒崎一護と同じだ。

 もし、茶度や黒崎ならば、雨竜の立場になっても雨竜が選んだ方法は採らないだろう。
 彼らは霊力があってもなくても、戦う。
 死神だとか、滅却師だとか考えず自分に出来る事をするだろう。

「僕は滅却師の力がなかったら…霊力を持たずに育ってきたら…戦わないのか?」

 自分に問いかけてみる。
 滅却師の力は言葉を話すのと同じように、気づいたら自分のものだった。
 それを使う事に疑問を感じず生きてきたから、普通の人間の思考を想像しづらい。

「余裕…がないんだ。僕は」

 わかってはいたけど、あの二人のように自分をさらけ出す強さを持てない。
 弱いのだ。
 心の器が小さくて、他の誰かを支えられるほどの力がない。
 自分を守るので精一杯。

 夕べの事もそうだ。
 滅却師の力を失った事を後悔していないつもりだった。
 虚と戦う事になっても対処できるように師匠から受け継いだ道具も準備していた。

『私ならお前のその失った能力を元に戻してやることができる』

 唐突に囁かれた父親の言葉。

 雨竜はその言葉に縋り付いた。

 あれだけ憎んでいた父親の出した交換条件さえも滅却師の力を取り戻す事に比べれば些細な事に思えた。

(僕は滅却師でいたい)

 虚に殺められる人たちを守りたいと思っていた。
 でもそれ以上に滅却師である事は自分の魂の根源だった。

「力を失った事を後悔はしていないんだ」

 それだけは間違っていない。
 力を失っても自分は滅却師だと胸を張って生きて行けばいい。
 黒崎たちならばそうするはずだ。だけど雨竜はそうしなかった。

 そしてその行動を後悔していた。

 能力の戻った自分の体は嘘のように快適で、とても生きやすかった。
 “普通の人間”として過ごした数日はもう思い出せないくらいだ。
 後悔しているのは、戻った能力を使って助けられない人がいるという点だ。

 そう、今のように…。  

「君たちがどんなに苦しんでいても、僕はそこへ行けない」

 そして戦う彼らを視界に入れない。何があっても助けない。

 ふ、と雨竜は苦い笑みを漏らした。

「逆もそうだ」

 自分がどんなに苦戦していても誰も呼ばない。
 負けて地に伏せたとしても誰にも見つからないように息絶えよう。
 出来れば死体は見つからないようにしよう。
 見つかってしまったら、格好が悪い。

「あいつら、助けられなかったとか言いそうだからな」

 僕は一人で生きて行く。
 死神が目の届かない所で苦しむ誰かを僕が守る。

「そうすれば滅却師でいても許されるだろう」

 

 君が今どこにいるのか。

 無意識に霊絡を手繰ろうとしている自分を叱咤して、具合を確かめに行かないようにして。
 無事を祈る事さえしないで。

 ただ誰にも見つからないように。
 心の奥深く、日も射さない深海でひっそりと君を想う。

 君が僕にくれたすべてを押し込んだ小箱をそこに埋めて僕は。

 君を想う言葉も泡にして。
 何も求めず生きて僕は…ただ願う。

 

 君のように強くなりたいと。

 

           

 

 

 

 

 

end.  

 

インバさん曰く「明日をも知れぬ週間連載の先を妄想すると外した時イタイ」