インバさんちの過去ログ。
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彼の右腕。 |
休み明けの実力テストを翌日に控え、石田雨竜は茶渡泰虎の部屋で復習をしていた。 初めて茶度と一緒にテキストを広げた雨竜は彼の理解能力が予想以上に高いことに驚いていた。 コポコポ、と音を立ててお湯が湧いている。 雨竜はテーブルの上を片付けながら、狭いキッチンに立つ後ろ姿に声を掛けた。 「コーヒー、きちんと豆を挽いてるんだね。いつもそうするのかい?」 雨竜はゆっくりとドリッパーの上で旋回する彼の腕を見る。 体躯に見合う大きな手が生み出す色と香りに神経が和らぎ、雨竜はホッと一息付いた。 そして彼の手をじっと見つめていた自分に気付いて赤く染まった頬をこする。 その一方で、守られているような安心感を感じ、無意識にぴったり寄り添いたくなる。 (馬鹿みたいだ…) 自分の思考が、まるで少女のようで恥ずかしい。 彼の節くれ立った指に見とれている自分。 どれもこれもあり得ないくらい、気恥ずかしい。 「コーヒー…こぼすなよ?」 いつの間にかテーブルに戻って来ていた茶渡から湯気の立つカップを受け取る。 二人は似ているところが全然ない。 コーヒーに息を吹きかけ、冷ましながらゆっくりと口に含む。 目があったら心の内にある想いがあふれ出しそうで、雨竜は無心にコーヒーを味わう。 「あ、おいしい…」 思わず漏れた感想に茶渡がほっとしたように笑った。 「うん、おいしい。ありがとう、茶渡くん」 にっこりと礼を述べる雨竜に茶渡は照れくさそうに笑い返した。 その視線が自分の口元で止まるのを意識しながら、雨竜はコーヒーを飲み続ける。 本当は。 君が入れてくれたコーヒーを君と飲むと、とても甘く感じて。 雨竜は唇の上に残ったコーヒーを舌を伸ばし嘗め取った。 それを聞きながら、ゆっくりとカップをテーブルに置き、顔を上げた。 茶度の視線が自分にまっすぐに注がれている。熱のこもった視線。 「君は飲まないのかい? 茶度くん」 雨竜は無邪気に問いかけた。 茶度とそういう関係になってから、雨竜は自分のずるさを知った。 何もわからないフリをするのも上手くなった。 「石田…」 焦燥を含んだ茶度の声。 彼の腕が伸びてきて、頬を包む。 雨竜は頬でその手を追い、目を閉じた。 苦いコーヒーが二人の間でさらに甘くなるのを確信しながら。 雨竜はキスを待った。
end. |