インバさんちの過去ログ。
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パジャマと悪魔。 |
石田雨竜の気配がバスルームからする。 茶度泰虎はその存在を意識しながら冷蔵庫を開けた。 そんな恋人のために茶度はペットボトルに入った烏龍茶をグラスに注いだ。 頑丈な自分の体はシャワーも湯船も湯温は低めで短時間だ。 今もそうだ。 細い体躯、さらさらの髪、白い膚。 強く触れると壊してしまいそうで、でもずっと触れていたくて、歯止めが利かない。 「茶度くん、上がったよ」 涼やかな声がして、雨竜が姿を見せた。 雨竜がお泊まりセットの一つとして持ち込んだパジャマは彼のお手製だ。 「きれいな水色だな、それ」 茶度にほめられた雨竜は嬉しそうに笑いながら、持参した紙袋を手元に引き寄せた。 「君のパジャマも作ってみたんだ」 そういって少し遠慮がちに差し出した夜着はネイビーの上下だった。 「でも君は暑がりだからね。タンクトップとハーフパンツも用意したよ」 からかうような瞳で笑いながら、さらにもう一揃え取り出す。 両手に乗った服の重みが胸を刺す。 「茶度くん?」 まるで捧げ持つように服を手に乗せたまま動かなくなった茶度に雨竜が寄り添う。 「茶度くん………」 覗き込んだ茶度の瞳はうっすらと涙を潤ませていた。 まるで幼子をあやす母親のように抱かれ、茶度はさらに切なくなる。 「……初めてだ」 茶度がそう言うと雨竜がくすり、と笑った。 「ソウルソサエティでも作っただろう?」 雨竜は首を傾げて聞き返した。 それまで雨竜に抱かれるだけだった茶度が雨竜の細い腰を掴み、自分の腿の上に引き下ろす。 「ん……」 フレンチキスをされながら、雨竜が労るように茶度の髪をなでる。 「ありがとう、石田」 茶度の瞳の中にはもう涙はない。反対に雨竜の瞳が潤んでいる。 「…メキシコの昔話だが…」 雨竜があっという間に真っ赤になった。 「いや、でも僕は…」 興味深気にうなづく雨竜を茶度はゆっくり抱きしめた。 「絶対着てくれよ、茶度くん」 雨竜には言わなかった話がある。 そして茶度は親からパジャマを贈られた事がない。 メキシコに移っても決して裕福な生活ではなく、服装にこだわる余地もなかった。 菓子を貰いに行った教会でパジャマの話を聞かされた時、パジャマをもらえなかったから、こんなにも自分は悪童なんだと納得した。 悪魔のいる夢に棲む自分---------。 それが自分の運命だと感じた。 「茶度くん?」 再び黙り込んだ茶度に雨竜はそっと声を掛ける。 夢から茶度を引き上げたのは雨竜だった。 祖父や親友も手を差し伸べてくれたけど、それでは埋まりきらなかった大きな心の隙間を雨竜は一瞬で…そう、まるで彼の手芸の技のように、簡単に繕ってくれた。 茶度は雨竜と出会って自分が救われた事を感じた。 誰かを守る事で強くあろうとした自分だったが、愛する事でもっと強くなれる事を知った。 そしてその人がパジャマをくれた。 茶度が感動に打ち震えていると、腕の中の天使がつぶやいた。 「着てくれないと成立しないんだけど…」 真っ赤になって睨みつけてくる。 「もう! 早く着てくれ。だいたい君はいつもお風呂上がりに裸でうろうろして…。目のやり場に困るんだ、僕は」 頬を朱に染めたまま、一気にまくしたてる雨竜の小さな腰を抱え上げ、すぐ横のベッドに降ろす。そしてそのまま覆いかぶさった。 「……パジャマは……?」 首筋に舌を這わせながら答え、上まできっちり止まった雨竜のパジャマのボタンを丁寧に外す。 「汚したくないから、後で」 脱がせてるのか、愛撫しているのか分からない手を咎める事もなく雨竜は目を閉じた。 「電気…消してくれ」 もう俺はお前に掴まらない。 その人と過ごす夢はどこまでも甘美で優しいか…。 もし悪魔が知らないのなら、次に会った時教えてやろう。
夢の中の悪魔は昔の自分の顔をしている。
end. |